【展覧会ご案内】2017.9.11(月)〜9.30(土) 絹谷幸太展 〜吉井長三へのオマージュ〜

2017.9.11(月)〜9.30(土)絹谷幸太展のお知らせです。

9月11日より30日まで吉井画廊にて、絹谷幸太展を開催いたします。
テーマは、吉井長三さんへのオマージュ。
吉井さんの愛した山梨県・清春藝術村の桜を使用したインスタレーション作品と
ブラジル産青色花崗岩の小作品6点の展示を予定しております。
桜材を使用した彫刻は現在も徹夜作業で制作中です。

皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げます。

吉井画像

 

■展覧会に向けてのメッセージ

「清春藝術村の桜が春の嵐で倒れた。もう一度、桜の木を彫刻で甦らせてほしい。」吉井さんから電話を戴いた。クレーン車に生木を満載させてアトリエに運び入れた。桜の樹皮を剥ぐと艶かしい樹表が現れた。これから小宇宙への旅が始まると予感した。桜の樹を寝床にした沢山の虫と遭遇し、互いに驚き合った。1つの生命体(桜)が他の動植物と共存共栄する美しい姿に魅せられた。厳しい環境がリアス式海岸のような複雑な美を生み出すことも学んだ。

南アルプスと八ヶ岳の麓、眺望素晴らしい最高の場所に清春小学校が建てられ、児童らによって植樹された桜は、風雪を絶え80年間地元の人々に愛された。吉井さんの心を捉え、清春白樺美術館・藝術村へと引き継がれた。

桜を製材して、単なる材料にすることはできない。さらに、素材を捩じ伏せ未熟な私の思考(形)を押付けることもできなかった。

この度の展覧会のテーマは「吉井長三へのオマージュ」となり、吉井さんの本性(あるいは側面)を動物の容姿を借りて表現した。中心部に巨大な王様の椅子を配置した。是非、皆さんにも腰掛けてもらいたい。背後には、不思議な形のテーブルを造った。吉井さんの愛した葡萄酒やお煎餅を置ける台にもなるだろう。吉井さんへ、私の心ばかりの感謝の気持ちを造形化した。

 

 

■吉井長三さんについて

私は、大学院修了の年にギャラリー山口で初個展を開催した。吉井画廊の会長が、ふらっとお立ち寄り頂き「山梨に清春藝術村があるから、君、自然の中で創作活動をしたらどうかね」と仰ってくださった。大学を出たばかりの私は、作業場に困っていたので二つ返事で山梨に向かった。

留学先のブラジルに連絡が入り「幸太君、フランスの空気を吸って制作したらどうか」私は、ブラジルからパリへ向かった。パリの街で一緒にアトリエを探してくださった(ボザールへの入学も取り付けてくれた)。

当時の印象深いエピソードがある。モンパルナスに「ラ・リューシュ」(1900年のパリ万博のパビリオン。現在パリ市が管轄する集合アトリエ)がある。かつて、画家スーチンが使用していたアトリエの前で、吉井さんは話しを始めた。『スーチンは肉の塊をモチーフに、何日も部屋に閉じこもって絵を描き続けた。極貧生活の中、硬いパンと水だけを口にして、肉の色が変色し腐ってウジがわき出るまで描き続けた。周辺住人から腐敗臭の苦情が来ようが関係なく絵筆を握りしめた。スーチンは、肉の塊でパリを表現した』と、吉井さんはひとしきり喋り終え『昔の作家は生活を犠牲にして芸術をした。現代の作家は生活の為に芸術を犠牲にしている』と云われた。その言葉に胸を刺された。赤面の面持ちで私はこの場所に居ることすら恥ずかしくなった。芸術だけに打ち込みたいという自分と、食べて行くためには生活も考えなくてはならない自分が正直いる。吉井さんとの忘れられないエピソードである。

暫くして、パリの郊外にアトリエを構えることができた。フランスの空気を吸いながら思考し続けた。

吉井さんが亡くなって1年。銀座を歩けば、吉井さんに連れて行って頂いたお店が沢山ある。時代を超えて人々を絶えず引き付けている作品や魅力ある作家。誰にも真似のできない独創性について、吉井さんは本質を教えてくれた。

 

2017年9月 絹谷 幸太